大阪地方裁判所 平成8年(行ウ)99号 判決 2000年5月12日
原告 西村久夫 ほか一名
被告 尼崎税務署長 ほか一名
代理人 岩松浩之 益野貴広 ほか一〇名
主文
一 原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告尼崎税務署長が原告西村久夫に対し、平成六年三月一四日付でした平成三年六月二〇日相続開始に係る相続税の更正のうち課税価格一億九七五〇万二〇〇〇円、納付すべき税額一億六四六九万三六〇〇円を超える部分、及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。
二 被告尼崎税務署長が原告西村薫に対し、平成六年三月一四日付でした平成三年六月二〇日相続開始に係る相続税の更正のうち課税価格八億九九七九万円、納付すべき税額二億八二一八万〇三〇〇円を超える部分、及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。
三 被告尼崎税務署長が原告らに対し、平成六年六月三日付でした平成三年六月二〇日相続開始に係る相続税の物納申請の却下処分をいずれも取り消す。
四 被告国税不服審判所長が原告らに対し、平成八年三月一八日付でした平成三年六月二〇日相続開始に係る相続税の更正及び過少申告加算税の賦課決定に係る審査請求に対する裁決をいずれも取り消す。
第二事案の概要
一 争いのない前提事実
1 西村武治(明治四一年二月一七日生)は、平成三年六月二〇日死亡した。西村武治の法定相続人は、長男の原告西村久夫、長女の小寺淑子、二女の吉田彰子、三女の井上すみ子、養子の西村房子(原告西村久夫の妻)及び養子の原告西村薫(原告西村久夫の長女)の六名である。
2 原告らは、法定申告期限内である平成三年一二月一九日、被告尼崎税務署長に対し、西村武治の相続(以下「本件相続」という。)に係る相続税について、原告西村久夫の納付すべき税額を一億六四六九万三六〇〇円、原告西村薫の納付すべき税額を二億八二一八万〇三〇〇円とする内容の申告(以下「本件申告」という。)をした。
3 被告尼崎税務署長は、平成六年三月一四日付けで、原告らに対し、原告西村久夫の納付すべき税額を二四億九四三四万七四〇〇円、原告西村薫の納付すべき税額を六億八〇五一万七五〇〇円とする内容の更正(以下「本件更正」という。)及び原告西村久夫の過少申告加算税を三億四一二一万三〇〇〇円、原告西村薫の過少申告加算税を四五六四万〇五〇〇円とする内容の過少申告加算税の賦課決定(以下「本件賦課決定」という。)をした。
4 本件更正は、次のとおり、本件相続に係る相続税の課税価格を本件申告に係る金額より増加させる内容のものであり、本件賦課決定は、その増差税額に対して賦課する内容のものである。
(一) 原告西村久夫が相続した別紙物件目録(一)<略>記載の農地(以下「本件農地」という。)
本件申告 四億八二六三万〇一四八円
本件更正 六億〇三二八万七六八五円
(二) 原告西村久夫が相続した別紙物件目録(二)<略>記載の宅地等(以下「本件宅地等」という。)
本件申告 九六八八万五五三五円
本件更正 五億一七一二万六二七五円
(三) 原告西村久夫が五万五四四六口、原告西村薫が三五〇〇口を相続した有限会社西久産業(以下「西久産業」という。)に対する出資(以下「本件出資」という。)
本件申告 三五億一四二四万二六二八円
本件更正 七一億〇六四一万一八六八円
5 原告らは、平成六年四月一二日、被告尼崎税務署長に対し、本件更正に係る納付すべき税額について、原告西村久夫は本件出資一万八九六三口を、原告西村薫は本件出資三五〇〇口をそれぞれ物納する旨の申請(以下「本件物納申請」という。)をした。
6 被告尼崎税務署長は、平成六年六月三日、本件物納申請に対し、本件出資が相続税法四一条一項の「物納に充てることができる財産」に該当しないとして、却下決定をした。
7 原告らは、平成六年四月一四日、被告尼崎税務署長に対し、本件更正及び本件賦課決定について、それぞれ異議申立てをしたが、被告尼崎税務署長は、平成六年八月二二日、右各異議申立てをいずれも棄却する旨の決定をした。
8 原告らは、平成六年九月二三日、被告国税不服審判所長に対し、本件更正及び本件賦課決定について、それぞれ審査請求をしたが、被告国税不服審判所長は、平成八年三月一八日、原告らに対し、右審査請求をいずれも棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした。
9 右2ないし4、7、8の経緯は、別表1「相続税に係る課税の経緯」<略>記載のとおりである。
二 本件更正及び本件賦課決定の適法性に関する争点
1(一) 本件更正における相続税の課税価格の算定、具体的には、本件農地及び本件出資の価額の算定の適否並びに本件宅地等に対する相続税法六四条一項の適用の適否、(二) 過少申告についての正当な理由の有無、が争点である。
2 本件農地の価額
(一) 争いのない事実
(1) 本件農地は、都市計画法七条一項、二項に規定する市街化区域内に存することから、転用のためには、農地法四条一項五号の適用を受け、農業委員会に対する届出をもって足りる。
(2) 西村武治は、平成三年六月五日、尼崎市農業委員会に対し、本件農地について転用届出(以下「本件転用届出」という。)をした。
(3) 尼崎市農業委員会は、平成三年六月二〇日、本件転用届出について受理決定(以下「本件受理決定」という。)をした。
(4) 西村武治は、平成三年六月二〇日午後七時〇一分に死亡した。
(5) 原告西村久夫は、平成三年七月一二日、尼崎市農業委員会に対し、本件転用届出について取下げをした。
(二) 事実上の争点
(1) 被告尼崎税務署長の主張
尼崎市農業委員会は、本件転用届出の受理決定後、西村武治に対し、受理決定について通知しようとしたところ、原告西村久夫から、西村武治の死亡を理由に本件転用届出を取り下げたいと要請があったことから、通知を留保した。
(2) 原告西村久夫の主張
原告西村久夫は、西村武治が死亡した後の平成三年六月二五日に尼崎市農業委員会へ本件転用届の受理決定通知を取りに行ったところ、担当者から、「本人が亡くなったから受理決定通知は渡せない。」などと言われて、本件転用届出を取り下げるよう強く要請されたため、この要請に応じて右届出を取り下げたものである。このように、本件転用届出は、受理決定の通知がないまま、受理されていないものとして取り扱われた。
(三) 法律上の争点
原告西村久夫は、本件申告において、本件農地は市街地周辺農地に当たるとして、財産評価基本通達(昭和三九年四月二五日付け直資五六、直審(資)一七(平成三年課評二―四、平成六年課評二―八による改正前のもの。)、以下「評価通達」といい、「平成三年改正前評価通達」ともいう。)三九項を適用して(すなわち、市街地農地の評価方法により評価した額の八〇パーセントに相当する金額となる。)時価を算定した。これに対し、被告尼崎税務署長は、本件更正において、本件農地は市街地農地に当たるとして、評価通達四〇項を適用して時価を算定した。
そこで、本件農地が市街地周辺農地に当たるか市街地農地に当たるかが争点となる。
(四) 被告尼崎税務署長の主張
評価通達三六―四項(2)においては、「市街化区域(都市計画法七条二項に規定する『市街化区域』をいう。)内にある農地のうち、農地法第四条一項五号又は第五条一項三号の規定により、都道府県知事に転用の届出のあったもの」が市街地農地と定義されていた。
(五) 原告西村久夫の主張
(1) 相続税法二二条の趣旨からすれば、市街地農地に当たるか否かは、転用届出がされていたか否かという法律的側面からだけではなく、現実の利用状況にも着目して判断されるべきであるところ、本件農地は、平成五年一二月二七日に改めて転用届出がされるまで、農地としての利用形態に変化はなかった。
(2) 本件転用届出について尼崎市農業委員会の受理決定がされたのは本件相続開始の日であること、本件転用届出の取下げは、尼崎市農業委員会からの要請に基づくものであること、右取下げは、本件相続開始の日から極めて近接した日にされていることなどの事情を考慮すれば、本件転用届出の受理決定は、右届出の取下げにより遡及的に法的効力を失ったというべきである。
(3) 被告尼崎税務署長は、後述の本件出資の時価評価について、評価通達六項の「著しく不適当」に当たるか否かの判断に際しては、本件相続開始後の事情も考慮しているのであるから、本件農地が市街地周辺農地に当たるか否かの判断に際しても、右同様本件転用届出の取下げといった本件相続開始後の事情を考慮しなければ首尾一貫しない。
(4) 尼崎市農業委員会の要請に基づき相続開始直後に本件転用届出の取下げがされたことや、本件農地が相続開始後も現実に農地として利用されていたことなどの事情を考慮すると、本件農地について本件転用届出がされていることのみを理由に市街地農地に当たるとして評価することは「著しく不適当」である。したがって、評価通達六項を適用した上で、本件農地の現実の交換価値に相当する市街地周辺農地として評価すべきである。
(六) 被告尼崎税務署長の反論
(1) 原告西村久夫の主張(1)について
市街地農地と市街地周辺農地との区分は、転用届出の有無という法律的側面に着目して行われていたものであり、現実の利用状況に着目して行われていたものではない。
(2) 原告西村久夫の主張(2)について
転用届出の効力については、受理決定がなされれば、転用届出の申請がなされたときに遡及して効力が生じる扱いとなっているところ、本件転用届出がなされ、本件受理決定がなされた以上、本件転用届出がなされた平成三年六月五日に遡及して本件農地は転用可能な農地となった。確かに、本件受理決定の日と西村武治が死亡した日とは同日であるが、西村武治の死亡は午後七時一分であることからして、本件受理決定が先行している以上、その後に本件転用届出をした西村武治が死亡したとしても、そのことによって影響を受けるものではないし、転用届出の取下げは撤回に当たるから、右取下げによっていったん発生した本件転用届出や本件受理決定の効力が遡及的に消滅するものではない。
(3) 原告西村久夫の主張(3)について
相続財産の課税価格は、特段の事情のない限り取得の時における時価によるのであり(相続税法二二条)、相続開始後の事情を考慮することは許されない。そして、評価通達六項については、<1> 「著しく不適当」に当たるか否かという要件判断と、<2> 国税庁長官の指示に基づく時価評価という二段階の問題があるところ、<2>については、相続開始後の事情を考慮することは許されないが、<1>については、事案の全体像を総合的に考察した上で判断されるべきであり、相続税負担を軽減させるための措置が相続開始後に行われていることを考慮することも許される。
(4) 原告西村久夫の主張(4)について
評価通達三九項が、市街地周辺農地について、市街地農地であるとした場合の価額の八〇パーセント相当額で評価する(二〇パーセント相当額の減価を行う。)こととしていたのは、農地法に規定する宅地転用の届出のために時間的及び費用的な負担を伴うという考慮に基づくものであったところ、転用届出のための右負担は僅少であるから、さほど重視するに値しないものであるということができ、市街地周辺農地について二〇パーセントの控除を行わないとしても、「著しく不適当」とはいえない。現に平成三年改正後の評価通達三六―四項は、市街地周辺農地の区分や二〇パーセントの控除を廃止している。
したがって、かかる視点からも、本件農地について二〇パーセント相当額の減価が行われなかったことが、相続税法二二条所定の時価の評価として著しく不適当であるということはできない。
3 本件宅地等に対する相続税法六四条一項の適用
(一) 争いのない事実
(1) 原告西村久夫らは、平成三年六月一四日、本店所在地を兵庫県尼崎市武庫之荘本町一丁目一三番二八号とし、駐車場の経営等を目的として、有限会社西晃産業(以下「西晃産業」という。)を設立した。
(2) 西晃産業の設立当時の資本金は、出資口数一口当たり五万円として合計六〇口の三〇〇万円であり、出資者としては原告西村久夫が四〇口(持分二〇〇万円)を出資し、西村晃(同人は原告西村久夫の婿養子である。)が二〇口(持分一〇〇万円)を出資した。
(3) 西村武治は、同日、その所有にかかる本件宅地等について、西晃産業に対し、駐車場事業の用に供する目的で、地代を年額三六八四万円、存続期間を六〇年とする地上権(以下「本件地上権」という。)を設定した(以下「本件地上権設定契約」という。)。
(4) 西村武治は、本件地上権の設定当時、八三歳であった。
(5) 西村武治は、同月二〇日、死亡した。
(6) 西晃産業の収入は、平成四年八月期(平成三年九月一日から平成四年八月三一日まで。以下決算期について同様に表示する。)は一六七五万円余、平成五年八月期は一三二二万円余、平成六年八月期は八三九万円余であり、本件地上権に係る地代の支払の結果、赤字となっていた。
(二) 争点
原告西村久夫は、本件申告において、本件宅地等について更地価額から相続税法二三条(平成三年法律第九〇号による改正前のもの。以下同じ。)の地上権割合九〇パーセントを控除して時価を算定した。これに対し、被告尼崎税務署長は、本件更正において、本件地上権設定契約は同法六四条一項の同族会社の行為・計算に当たるとして、本件土地について、現実の状態を基礎として時価を算定するのではなく、賃借権が存在する状態を想定した上で課税価格を計算した。
そこで、<1> 本件地上権設定契約が同法六四条一項の要件を充たすか、特に相続税の負担を「不当に」減少させることになるか否か、すなわち通常人の間において通常行われる行為と比較して不自然ないし不合理と認められるか否かという点と、<2> これが肯定された場合に、被告尼崎税務署長が行った課税価格の計算が適正なものであるか否かが争点となる。
(三) 被告尼崎税務署長の主張
(1) 相続税負担の減少
本件宅地等は、本件地上権が設定されている状態を前提とすると、相続税法二三条が適用され、地上権割合九〇パーセントが控除されることとなるから、賃借権が設定されている状態と比較して、原告らの相続税負担を大幅に減少させる結果となる。
(2) 不自然・不合理性
次の事情からすると、本件地上権の設定は、不自然・不合理である。
<1> 駐車場事業の用に供するための利用権の設定は、通常の当事者間であれば地上権ではなく賃借権が選択されたはずであるにもかかわらず、あえて地上権が選択されている。
<2> 本件地上権に係る地代は、西晃産業の採算を度外視するものであった。
(3) 課税価格の計算
被告尼崎税務署長は、本件宅地等について、賃借権が設定されている状態を想定した上で、権利金の収受はないが、相当の地代の金額が支払われていることから、借地権割合はほとんど存在しないものとして、相当の地代を支払っている場合等の借地権等についての相続税及び贈与税の取扱いについて(昭和六〇年六月五日付け直資二―五八、直評九、以下「相当地代通達」という。)六項(1)に準じ、更地価額に八〇パーセントを乗じて課税価格を計算した。
(四) 原告西村久夫の主張
(1) 被告尼崎税務署長の主張(1)について
本件宅地等について、通常人間であれば地上権ではなく賃借権が設定されたはずであるなどということはできない。
同族会社の行為が通常人間で行われる行為と比較して不自然・不合理であるというためには、通常人が行っていれば相続税の軽減が生じなかったのに、同族会社の行為であるがゆえに相続税の軽減が生じたという事実があることが前提となるのであって、本件宅地等についていえば、通常人間で地上権が設定された場合と比較して、同族会社の地上権設定によって不当に税負担の軽減を生じている場合に初めて相続税法六四条一項の適用が問題となるのである。ところが、本件地上権の設定は、それが同族会社の行為として行われようと、通常人間の通常の行為として行われようと、いずれにせよ法律上有効な契約である上、土地の利用権が制限されることにより相続税がそれだけ軽減されることに変わりはなく、同族会社の行為であるがゆえに税負担が不当に軽減されるという場合ではないのである。
(2) 被告尼崎税務署長の主張(2)<1>について
本件地上権の設定に代わる通常の行為なるものは観念することができないから、そもそも本件地上権の設定が不自然・不合理であるということはできない。
(3) 被告尼崎税務署長の主張(2)<2>について
<1> 相続税法六四条一項の要件として問題とされるべきは、株主等にとっての合理性であって、同族会社にとっての採算性ではない。
<2> 本件地上権の地代を年額三六八四万円としたのは、法人税法施行令一三七条の「相当の地代」を下回ると、土地所有者から権利金相当額の贈与を受けたものとして、当該法人としては右相当額を収益に計上されることとなって、法人税について権利金の認定課税を受けることになるためである。すなわち、同条は、法人がその所有する土地を他人に使用させた場合の所得について、「相当の地代を収受している場合には、その取引は正常な取引条件でなされたものとして取り扱う。」と定めているところ、法人が他人の土地につき借地権の設定を受けて使用する場合においても、右施行令が規定する場合と同様の扱いがなされるべきであって、法人税法において正常な取引条件であると認められている「相当な地代」を設定した西晃産業の経済行為を、相続税法においては経済合理性がないとして否認するのは不合理である。そもそも、経済情勢の変化に柔軟に対応することなく、「相当の地代」を高率のまま据え置いてきた(右「相当の地代」は、法人税基本通達一三一―二項に基づき、おおむね更地価額に対して年八パーセント程度とされており、さらに、平成元年三月三〇日付直法二―二「法人税の借地権課税における相当の地代の取扱いについて」により、当分の間、右「年八パーセント」は「年六パーセント」として取り扱うこととされている。)のは税務行政の怠慢である。しかるに、法人税法の規定に従って「相当の地代」を収受したがために赤字になった西村武治らの経済行為を、それゆえに不合理であると否認して相続税の課税をするのは、「相当の地代」の内容の改正作業を怠ったことの「つけ」を納税者に責任転嫁するのに等しい。
<3> 西晃産業の駐車場事業は、バブル景気の最盛期に計画されたものであり、当時の経済情勢が継続する限りは、「相当の地代」を支払っていても、長期的には採算がとれる見込みがあったことから、本件における地代額が設定されたものである。したがって、西晃産業の本件地上権の設定及び右地代額の設定には合理的理由がある。
(4) 被告尼崎税務署長の主張(3)について
<1> 本件宅地等については、本件地上権による制限が現実に存在している以上、相続税法六四条一項の適用により、現実に存在する本件地上権をあたかも「制限のないもの」と擬制し、その代わりに現実には存在しない賃借権を想定して評価することは、客観的な交換価値の探求を旨とする財産評価理論に照らして許されない。
<2> 本件宅地等は構築物の所有を目的とするものであり、建物所有を目的とするものではないから、相当地代通達に準じて取り扱うことは合理性がない。相続税法六四条一項によって本件地上権が存在しないものと擬制しておきながら、何らの根拠もなく、本件宅地等に設定された利用権を借地権に準ずるものと扱って課税しようとする被告尼崎税務署長の評価態度は、恣意的であり許されない。
<3> 本件宅地等について賃借権が存在することを擬制して課税価格を計算するのであれば、平成三年一二月一八日改正後の評価通達八七項に盛り込まれた国税局長通達に従い、相続税法二三条に準じて計算すべきである。すなわち、平成三年改正前評価通達を適用するにあたっては、国税局長通達によって、雑種地に係る賃借権の評価は、相続税法二三条の規定を考慮する取扱いが定められており、実務は右改正前からこの国税局長通達に依っていたものであって、かかる国税局長通達の趣旨は、平成三年一二月一八日の評価通達の改正にあたり、評価通達八七項に盛り込まれている。したがって、本件相続開始当時から、すでに右評価通達を適用するにあたっては、相続税法二三条に準拠して雑種地を評価するよう取扱いが定められており、法律の規定を尊重するよう求められていたのである。
(5) 同族会社の行為だけを取り上げて相続税法六四条一項を適用することは、租税負担の公平を害する。
(6) 後述の本件出資について相続税法六四条一項を適用することができないのであれば、本件宅地等についても同項を適用することができないはずである。
(7) 客観的にみて本件宅地等の評価が不当であるというのであれば、相続税法六四条一項ではなく、本件出資についてと同様に、評価通達六項の適用が検討されるべきである。
(五) 被告尼崎税務署長の反論
(1) 原告西村久夫の主張(1)、(2)について
現代における土地の使用関係は、建物所有目的の場合でも地上権の設定によって行われることはまれであり、賃借権の設定によって行われるのが通常である。本件宅地等の駐車場設備は、建物よりも財産的価値が低いから、これについて地上権を設定することは、通常の経済人間では考えられない。
(2) 原告西村久夫の主張(3)<1>について
同族会社と株主等との間の行為が、通常の経済人間の行為と比べて異常なものである場合には、会社にとって経済的合理性を欠く場合であると、株主等にとって経済的合理性を欠く場合であるとを問わず、不自然・不合理性が認められる。
(3) 原告西村久夫の主張(3)<2>について
「相当の地代」とは、権利金の収受に代わると評価できるだけの高額な地代を意味するものであって、標準的な金額を意味するものではない。
また、法人税法施行令一三七条にいう「その取引は正常な取引条件でなされたものとして取り扱う。」とは、法人税について権利金の認定課税を行わないことを意味するにとどまり、当該土地の使用がいかなる法律関係においても、正常な取引条件でされたものとして取り扱うことまで意味するものではない。
(4) 原告西村久夫の主張(3)<3>について
本件宅地等の周辺では駐車場が供給過剰であり、駐車場事業による収入も減少していること、西晃産業は、減価償却も行うことなく、駐車場収入をはるかに上回る地代を支払い続けていたことからすると、財務状況の改善の見込みはない。
(5) 原告西村久夫の主張(4)<1>について
相続税法六四条一項は、「税務署長は、相続税又は贈与税についての更正に際し、その行為又は計算にかかわらず、その認めるところにより、課税価格を計算することができる。」と定めており、課税価格の計算に関しては、現実の状態ではなく擬制された状態を基礎とすることを認める趣旨の規定である。そして、同項が相続税負担の不当な減少を防止するための規定であることからすると、擬制された状態を基礎として計算された課税価格は、現実の状態を基礎として算出される時価を上回ることが当然に予定されている。
(6) 原告西村久夫の主張(4)<2>について
建物所有を目的とする借地権が存在する場合は、構築物の所有を目的とする借地権が存在する場合よりも底地価格は低くなるから、本件宅地等の底地価格について、構築物の所有を目的とする場合であるにもかかわらず、建物所有目的の場合に準じて算定することは、むしろ控え目な算定である。
(7) 原告西村久夫の主張(4)<3>について
本件相続は、平成三年一二月一八日の評価通達の改正前である。また、原告西村久夫主張の国税局長通達は、東京国税局長から東京国税局管内の税務署長に対して発せられたものである。
また、相続税法二三条に準じるとしても、建物所有を目的としない賃借権の存続期間は最長二〇年であるところ、同条による残存期間二〇年の地上権割合は二〇パーセントであるから、本件宅地等の課税価格は更地価額の八〇パーセントということになる。
(8) 原告西村久夫の主張(5)について
相続税法六四条一項は、同族会社と株主等との間においては、租税回避の目的の下に不自然・不合理な行為が行われることが多いことにかんがみ、租税負担の実質的公平を図る趣旨の規定であるから、同項が同族会社と株主等との間での行為・計算のみを対象としていることには、合理性がある。
(9) 原告西村久夫の主張(6)について
本件出資については、現物出資の際には西久産業が未だ成立していない以上、現物出資行為をもって同族会社と株主等との間の行為とみることはできない。これに対し、本件宅地等については、本件地上権の設定は、同族会社と株主等との間の行為である。
(10) 原告西村久夫の主張(7)について
現実の状態を基礎としつつも、評価通達各則所定の方法以外の方法によることで適正な時価評価を行うことができる場合が、評価通達六項の適用対象であり、同族会社の行為・計算の結果、現実の状態を基礎とする限りは、相続税負担が不当に減少する結果を生じる場合が、相続税法六四条一項の適用対象である。本件宅地等については、本件地上権の設定という同族会社の行為・計算の結果、本件地上権の存在という現実の状態を基礎とする限りは、相続税負担が不当に減少する結果が生じるから、相続税法六四条一項の適用対象である。
4 本件出資の価額
(一) 争いのない事実
(1) 本件相続については、理論上ほとんど相続税を支払わなくても済むいわゆるA社B社方式(すなわち、被相続人が、相続開始直前に多額の財産を出資して同族会社であるA社を設立し、直ちにA社の出資の全部を著しく低い受入価格で現物出資して別の同族会社であるB社を設立することによって、現物出資により被相続人が取得したB社の出資の相続課税上の評価額は、B社が開業後三年未満の会社に該当するため、評価通達一八九―三項の定めにより純資産価額によって評価することになる。)が計画されていた。
(2) 西村武治及び原告西村久夫らは、平成三年三月二七日、有限会社ニシタケ(以下「ニシタケ」という。)を設立した。その際、五万口の出資について、一口一〇〇〇円の出資金額に対する引受価額を一〇万円としたことから、ニシタケは、資本金が五〇〇〇万円、資本準備金が四九億五〇〇〇万円となった。そして、右総出資口数のうち、四万九九〇〇口(払込金額四九億九〇〇〇万円)が西村武治の出資口数であった。
(3) 西村武治及び原告西村久夫らは、同年四月二二日、西久産業を設立した。西久産業の設立当時の資本金は、出資口数一口当たり一〇〇〇円として合計四万九九五〇口の四九九五万円であり、うち、西村武治がニシタケに対する出資口数四万九九〇〇口を西久産業に現物出資することにより西久産業の出資口数四万九九〇〇口を取得した。
(4) その後、西村武治は、ニシタケ及び西久産業の増資に伴う引受と現物出資等により、同年五月一八日までに本件出資を取得した。
(5) 西村武治は、同年六月二〇日死亡した。
(6) 原告西村久夫らは、平成四年八月二七日、西久産業をニシタケに吸収合併(以下「本件吸収合併」という。)させ、西久産業が保有していたニシタケの出資を消却し、ニシタケについて減資(以下「本件減資」という。)を行った。
(7) ニシタケ及び西久産業に対する出資の払込原資合計七四億円余は、すべて西村武治のシティバンク等からの借入金によって賄われた。原告らは、シティバンク等からの借入金を、ニシタケ等からの借入金によって返済したが、原告らのニシタケ等からの借入金の大半は、本件減資の際に減資払戻金と相殺されている。
(二) 事実上の争点
(1) 被告尼崎税務署長の主張
右(一)で述べたとおり、本件相続開始時点において金銭の借入れ、ニシタケの設立、西久産業の設立、本件ニシタケに対する出資の西久産業に対する現物出資といった一連の行為が行われたという事実関係が存在したことに加え、本件相続開始後に本件吸収合併及び本件減資を行い、ニシタケ等からの借入れによって金融機関に対する借入金の返済に充て、減資払戻金により右借入れと相殺したことは、西村武治が巨額の借入れをした当初から、相続税の負担の軽減を企図して計画されていたものであることが推認される。
(2) 原告らの主張
本件減資により、原告らのニシタケからの借入金と相殺したのは、松並憲三税理士による相続対策が、資産の運用益は会社に帰属するが、借入金利息は個人に帰属するという杜撰なものであったことから、やむを得ず行ったものである。原告らは、租税負担回避の意図を有してはいなかったし、むしろ、相続開始後における投資により大きな損失を被っている。
(三) 法律上の争点
原告らは、本件申告において、本件出資について評価通達一八六―二項を適用し、含み益(資産の時価と簿価との評価差額)に対する法人税額等相当額を控除して時価を算定した。これに対し、被告尼崎税務署長は、本件更正において、本件出資について評価通達六項を適用し、含み益に対する法人税額等相当額を控除することなく時価を算定した。
そこで、本件出資の時価の算定に際し、法人税額等相当額の控除をしないことの適否が争点となる。
(四) 被告尼崎税務署長の主張
(1) 不適当性
以下に述べるとおり、本件においては、人為的な操作により出資の含み益が創出・消滅させられているが、このような場合についてまで、含み益に対する法人税額等相当額の控除を行うことは、評価通達一八六―二項の趣旨を逸脱し、評価通達六項の「著しく不適当」な場合に当たる。
<1> 本件出資の対価
本件出資は、ニシタケ及び西久産業の設立から時間を経ずに本件相続が開始されたことにかんがみ、ニシタケに対する出資、ひいては西村武治がニシタケに払い込んだ現金が変形したものにすぎないから、本件出資の時価も、ニシタケに対する出資や西村武治がニシタケに払い込んだ現金すなわち西村武治の借入金額とほぼ同価値のはずである。
<2> 一連の操作
ア 現物出資
原告西村久夫らは、ニシタケに対する出資を西久産業に現物出資して本件出資を取得するとともに、右西久産業への現物出資に際しては、一〇万円で引き受けられたニシタケに対する出資一口が一〇〇〇円として扱われることにより、本件出資について人為的な含み益を創出するという操作を行った。そこで、この操作が行われなければ、相続財産はニシタケに対する出資であり、この時価が課税価格とされるべきところであったが、この操作が行われたために、相続財産は本件出資となり、しかも評価通達上は含み益に対する法人税額等相当額を控除して時価を算定すべきこととなり、その結果、算定される時価はほぼ半分に減少することとなった。
なお、これらの操作は、高齢であり入院中であった西村武治の死亡の直前に行われている。
イ 本件吸収合併
原告西村久夫らは、本件相続開始後、本件吸収合併により本件出資を消却することにより、本件出資の含み益に対する法人税等の課税の機会を現実に生じさせないようにする操作を行った。
ウ 租税負担軽減の目的
これらの操作は、ニシタケ及び西久産業の収益事業を遂行するという目的によるものではなく、人為的に含み益を創出・消滅させることにより、本件出資の評価通達に定められた方法による評価額と実際の出資額との間に生じる開差である法人税額等相当金を利用して、最終的に相続税の負担の軽減を図るという目的で行われたものである。
<3> 評価通達一八六―二項の趣旨
相続財産たる株式等について純資産額をもって時価を算定することとすると、会社が解散したと仮定した場合の残余財産の分配額でもって評価することになるところ、当該株式等の含み益については、会社の清算時にも法人税法九二条に規定する清算所得の金額とみなし、法人税等の課税の機会があることから、二重課税のおそれが生じるとともに、個人が財産を直接に保有している場合(かかる場合は、課税を受ける機会は一回のみである。)と株式等の所有により会社を介して間接的に保有している場合との間で均衡を失するおそれがある。そこで、評価通達一八六―二項は、相続財産たる株式等の時価の算定に際し、純資産額から含み益に対する法人税額等相当額を控除することを規定している。
(2) 時価の算定
被告尼崎税務署長は、本件出資について、評価通達六項を適用した上で、国税庁長官の指示に基づき、含み益に対する法人税額等相当額を控除せずに時価を算定した。
(五) 原告らの主張
(1) 相続税法二二条は、財産の価額は当該財産の取得の時における時価によると定めているところ、右にいう時価とは相続開始時点における客観的交換価値を指している。そして、課税実務上は、相続財産評価の一般的基準が評価基本通達によって定められ、これに基づく画一的な評価方法が採用されている。租税法律主義の要請からすると、この評価基本通達は形式的にすべての納税者に適用されるべきであって、特定の納税者又は特定の財産についてのみ、評価基本通達に定める以外の方法により評価することは原則として許されない。もっとも、評価基本通達を画一的に適用することにより、かえって実質的な租税負担の公平を害することが明らかな特別な事情がある場合には、評価通達六項を適用し、評価基本通達に定める以外の方法により評価することも許される。しかし、その場合でも、相続税法二二条が相続財産の客観的交換価値による評価を標榜しており、評価通達六項もその延長線上にある規定である以上、評価通達六項の適用を検討するに際し、租税回避又は軽減の目的といった主観的要素を考慮することは許されず、あくまで取引相場や売買実績などの客観的交換価値が明らかな場合において、個々の評価通達の規定による評価額がこの客観的交換価値に照らし著しく不適当と判断される場合に限り、評価通達六項を適用して、評価基本通達に定める以外の合理的な方法による評価が許されると解すべきである。もし、課税庁が主観的要素を考慮して評価を変更しようとするのであれば、相続税法六四条一項を適用すべきものである。この点につき、被告尼崎税務署長は、本件出資に評価通達六項を適用しておきながら、本件農地にはこれを適用せず、逆に本件出資には相続税法六四条一項を適用しないでおいて、本件宅地等にはこれを適用して否認しているのであって、両規定を混同しているか、又は都合よく使い分けているといわざるを得ない。
本件出資は、そもそも取引相場による時価の算定は困難な財産であるから、時価と比較して著しく不適当であると判断することはできないはずである。
(2) 被告尼崎税務署長の主張(1)<1>について
評価通達六項を適用するためには、対象となる財産の時価が取引相場等により明確になっていることや、相続開始直後に処分されていること、同一資産であるにもかかわらず評価上の開差が生じていることが必要であるところ、本件出資については、その時価が明確になっていないし、本件出資は処分されておらず、本件出資について評価上の開差が生じているものでもない。むしろ、本件出資を現金化しようとすれば、ニシタケ及び西久産業を解散した上で残余財産の分配という方法で出資の払戻しを受けるほかはないが、この場合、実際に回収できるのは約一五億円にすぎないし、松並憲三(税理士)の杜撰な相続対策のため、相続財産は無価値となっていて、原告らは本件出資の評価額に相当する現金を回収しているわけでもない。
(3) 被告尼崎税務署長の主張(1)<2>アについて
<1> 評価通達一八六―二項は、評価上の斟酌規定であるから、含み益が人為的に創出されたものであるか否かを問わず適用されるべきである。
<2> 評価通達の平成二年改正は、本件出資の如き相続税の節税手法でも一回に限り法人税額等相当額の控除を行うことについて、「お墨付き」を与えたものである。
(4) 被告尼崎税務署長の主張(1)<2>イについて
評価通達六項の要件たる「著しく不適当と認められる」に該当するか否かの判断に際しては、本件吸収合併により含み益が消滅させられたといった相続開始後の事情を考慮することは許されない。
(5) 被告尼崎税務署長の主張(1)<2>ウについて
<1> 原告西村久夫は、松並憲三税理士に対し、「相続税を払えるようにしてほしい。」との意図から、本件相続に係る処理を一任したものであって、原告らとしては、租税負担軽減の意思は有していなかった。
<2> 評価通達六項の要件たる「著しく不適当と認められる」に該当するか否かの判断に際しては、本件出資の経済的交換価値を正しく客観的に評価することによって判断すべきであって、租税負担軽減の目的といった主観的要素を考慮することは許されない。
<3> 主観的要素を考慮するのであれば、本件出資についても、本件宅地等と同様に相続税法六四条一項が適用されるべきである。
(6) 被告尼崎税務署長の主張(1)<3>について
評価通達一八六―二項は、評価上の斟酌規定であって、会社の清算時にも株式等の含み益に対する法人税等の課税の機会があることを前提とするものではない。
(7) 被告尼崎税務署長の主張(2)について
<1> 被告尼崎税務署長の主張する国税庁長官の指示は、平成五年一〇月に出されたものであるから、それ以前の行為について適用することはできない。
<2> 右指示の内容は、平成六年六月の改正によって評価通達に取り入れられたものであるから、それ以前の行為について遡及適用することはできない。
<3> 右指示の内容は、取引相場のない株式等を現物出資して人為的に含み益を創出する方法のみについて、含み益に対する法人税額等相当額の控除を認めないものであり、その他の方法で人為的に含み益を創出することについては容認しているものであるから、合理性がない。また、右指示の中で示されている事例は、いずれも上場株式を現物出資することで評価差額を創出したというものであることからしても、本件出資のような場合にまで法人税額等相当額の控除をしないよう指示したものとは解されない。
<4> 次に述べるとおり、本件出資は約七二億円の価値を有しない。
ア 本件出資を約七二億円で現金化することはできない。
イ 本件出資を現金化しようとすれば、試算によると約一五億円にしかならない。
ウ 本件出資を現金に戻すためには、何らかのコストが生じ、評価減が生じるはずであるにもかかわらず、本件更正においては、評価減は零とされている。本件出資については、少なくとも吸収合併や減資の登録免許税及び司法書士報酬相当額合計九七万五三九〇円について評価減が認められなければならない。
エ 松並憲三税理士のずさんな相続対策により、相続財産は無価値になってしまっているから、本件出資がニシタケに対する出資あるいは西村武治がニシタケに払い込んだ現金と同等の価値を有しているとは認められない。
オ 本件出資は、物納申請が却下されていることからしても、財産的価値はない。
(六) 被告尼崎税務署長の反論
(1) 原告らの主張(1)、(2)について
原告らの主張は、評価通達六項の「著しく不適当」との要件判断の基礎事情を限定したり、書かれざる構成要件を付加したりすることによって、同項の適用範囲を限定しようと試みるものであるが、同項は、同通達の各則を形式的・画一的に適用することとすると、租税負担の実質的公平を害する結果が招来するおそれがあることから、このような不都合を修正するための一般条項であるところ、一般条項は、あらかじめ予期できない事案が生じた場合に、個別具体的に妥当な解決を図るための規定であり、事案の全体像を総合的に考察した上で適用の可否が決せられるべき性質のものであるから、要件判断の基礎事情を限定したり、書かれざる構成要件を付加したりすることは相当でない。
<1> 評価通達六項の「著しく不適当」に当たることの前提として、取引相場や売買実例の存在が要求されるものではない。
<2> 本件吸収合併により含み益を消滅させる操作は、本件相続開始後一年四か月後に行われている。
<3> 評価上の開差は、経済的に同一の資産相互間において認められれば足りるというべきである。
(2) 原告らの主張(3)<1>、同(6)について
平成二年改正後の評価通達一八六―二項は、会社解散時において清算所得に対する法人税等の課税の機会があることを理論的な前提としており、あくまで含み益が会社に留保され、後の解散時に含み益に対する課税の機会があるという通常の場合を想定したものであるところ、本件出資については、本件吸収合併により人為的な含み益を消滅させる操作が行われており、同項の趣旨が妥当しない。
(3) 原告らの主張(3)<2>について
平成二年改正後の評価通達一八六―二項は、二回以上の法人税額等相当額の控除を認めないとした趣旨にとどまり、一回に限っては常に正当であるなどという「お墨付き」を与えた趣旨のものではない。
(4) 原告らの主張(4)、同(5)<2>について
<1> 評価通達六項については、ア「著しく不適当」に当たるか否かという要件判断と、イ 税務署長による国税庁長官の指示に基づく時価評価という二段階の問題があるところ、イについては、相続開始時の事情を前提として、客観的価値を算定すべきであるが、アについては、事案の全体像を総合的に考察した上で判断されるべきであり、相続開始後の事情や納税者等の主観的意図を考慮することも許される。
<2> 時価評価を客観的に行うということは、一般人にとっては無価値であるが、特定人にとっては高い主観的価値を有するような財産について、そうした主観的価値に着目して時価評価を行うなど、偶発的かつ認定の困難な個別的事情に着目して時価評価を行うことを禁じる趣旨であるところ、被告尼崎税務署長は、本件出資について、主観的価値に着目した時価評価を行ったものではない。
<3> 時価評価を相続開始時点の事実関係を基礎として行うということは、時価評価の基準時を繰り下げて、相続開始後に発生した事実関係を基礎として時価評価を行うことを禁じる趣旨であるところ、被告税務署長は、本件出資について、本件吸収合併という相続開始後の事情を基礎として時価評価を行ったものではない。本件吸収合併という事実関係を前提とした場合は、本件出資は消滅しているから、時価評価を行うこと自体が不可能である。
(5) 原告らの主張(5)<1>について
金銭の借入れ、ニシタケ及び西久産業の設立、本件申告、投資等の行為が松並憲三税理士の助言によって行われたとしても、行為能力者たる原告らの承諾の意思表示がなくては行われなかったものであるから、原告らはこれらの行為について全責任を負うべきである。
(6) 原告らの主張(5)<3>について
評価通達六項の適用対象は、現実の状態を基礎としつつも、評価通達各則所定の方法以外の方法によることで適正な時価評価を行うことができる場合であり、相続税法六四条一項の適用対象は、同族会社の行為・計算の結果、現実の状態を基礎とする限りは、相続税負担が不当に減少する結果を生じる場合である。本件出資については、現物出資の際には西久産業がいまだ成立していない以上、これを同族会社と株主等との間の行為とみることはできないし、西村武治らから西久産業に対する現物出資によって評価出資が生じたという現実の状態を基礎としても、本件出資について法人税額等相当額の控除をしないという方法によって、適正な時価評価を行うことができるから、評価通達六項の適用対象である。
(7) 原告らの主張(7)<1>について
評価通達六項における国税庁長官の指示は、問題となる事例が生じてから発せられるべきものであり、申告前に発せられたものに限定されるべきものではない。
(8) 原告らの主張(7)<2>について
本件出資の評価の算定は、評価通達六項に基づいて行われたものであって、平成六年改正後の評価通達を遡及適用したものではない。
また、評価通達六項に基づく評価方法として、改正後の通達と同じ評価方法を用いるとしても、その内容が合理的なものである限り、差し支えないはずである。
(9) 原告らの主張(7)<3>について
原告らの立論は、原告らが指摘する人為的な含み益を創出するための方法については評価通達六項の適用を受ける可能性がないことを前提とするものであるところ、実際に当該方法が行われた場合には同項の適用を受ける可能性があるから、右立論は前提を欠いている。
また、本件における国税庁長官の指示は、被相続人が相続開始直前に多額の財産を出資して第一同族会社を設立し、直ちに第一同族会社の出資の全部を著しく低い受入価額で現物出資して別の第二同族会社を設立するという一連の行為により、第二同族会社の出資の評価において純資産価額の計算上「評価差額に対する法人税額等に相当する金額」が控除されることを利用して恣意的に評価差額を作り出した場合には、第二同族会社の出資を、当該現物出資によって作り出された「評価差額に対する法人税額等に相当する金額」は控除せずに計算した純資産価額により評価するという趣旨のものである。このような手法は、上場株式についてのみ適用されるものではない。
(10) 原告らの主張(7)<4>アについて
相続税法二二条の時価評価は、直ちにその金額で現金化することができることまでをも意味するものではない。市場性がなく換金が容易でない財産や、法律上又は事実上の制約のために直ちに換金することができない財産についても、相続財産として時価評価が行われるべきことは当然である。
(11) 原告らの主張(7)<4>イについて
原告らの試算は、ニシタケ、西久産業の順で清算し、人為的に創出した含み益についても法人税等の課税を受ける場合を前提とするものであるところ、実際には本件吸収合併及び本件減資により含み益を消滅させているのであるから、右試算は前提を欠いている。
(12) 原告らの主張(7)<4>ウについて
法人税額等相当額の控除は、評価通達の制定当初は規定されておらず、後に追加されたものであり、理論的に不可欠というものではなく、中小企業対策の側面が大きい。したがって、取引相場のない株式等について、法人税額等相当額の控除を行うことなく純資産額方式により算出した金額をもって時価としても、相続税法二二条には反しない。
(13) 原告らの主張(7)<4>エについて
相続税の課税に際しては、相続によって取得された財産の価値に着目すれば足り、相続後に行われた各種行為による最終的な収支にまで着目する必要はない。
(14) 原告らの主張(7)<4>オについて
本件出資について物納申請が却下されたのは、本件出資が相続税法四一条二項の「物納に充てることができる財産」に当たらないためであって、経済的価値がなかったためではない。
5 過少申告についての正当な理由
(一) 被告尼崎税務署長の主張
本件申告は過少申告である。
(二) 原告らの主張
平成六年に評価通達が改正されるまでは、自然発生的な含み益であると、人為的な含み益であるとを問わず、一回に限り法人税額等相当額の控除が容認されていた。本件出資につき、原告らが含み益に対する法人税額等相当額を控除して課税価格を算定したのは、右のような当時の評価通達の趣旨(当時の国税当局の見解も同じであった。)に従ったものであるから、結果的に過少申告となったとしても、国税通則法六五条四項の正当な理由が認められる。本件は、このように納税者が評価通達に従って申告したものを、申告後に課税庁がその適否を判断し、相続税法六四条一項や評価通達六項によって否認したというものであるところ、納税者である原告らは、申告当時課税庁の右判断を知ることができないのであるから、過少申告加算税まで賦課することは納税者に酷というべきである。
(三) 被告尼崎税務署長の反論
本件申告時において、一回の法人税額等相当額の控除は常に認められるなどといった公式見解は存在しておらず、原告らが通達の解釈を誤ってそのように考えたにすぎない。
また、評価通達六項は本件申告当時から存在しており、原告らは同項の適用を受ける可能性があることを予測することができたはずである。
三 物納申請却下の適法性に関する争点
1 本件出資が、相続税法四一条一項の「物納に充てることができる財産」に当たるか否かが争点である。
2 被告尼崎税務署長の主張
相続税法四一条一項の「物納に充てることができる財産」は、同条二項各号において限定列挙されているところ、有限会社の出資は、同項各号に列挙されていない。
3 原告らの主張
(一) 物納財産として認められている「株式」と同様、有限会社の「出資」についても物納が認められるべきである。すなわち、株式であっても、小規模会社に係るものなど、譲渡性、流通性、換価可能性において制限の存するものはいくらでも存在しており、現実問題として、「株式」と「出資」とは譲渡の容易さや確実さにおいて異なるところはなく、有限会社から株式会社への組織変更も容易であることからすると、有限会社に対する「出資」について、相続税法四一条二項三号で列挙されている「株式」と取扱いを異にすべき合理的な理由はない。
(二) 有限会社に対する出資は、相続税法四一条二項三号かっこ書きにいう「出資証券」に該当する。
(三) 税務署長は、物納申請財産が管理又は処分するのに不適当であると認められる場合においては、その変更を求めることができるとされている(相続税法四一条二項ただし書)。本件出資についても、被告尼崎税務署長が「物納に充てることができる財産」に当たらないと考えるのであれば、原告らに指示し、西久産業を株式会社に組織変更させた上で、株式の物納を認めるべきであった。
(四) 被告尼崎税務署長は、本件出資につき約七一億円もの財産的価値があると評価して本件更正をしておきながら(この点が、本件更正の最大かつ主要な処分理由になっている。)、他方において、換価が容易でないなどの理由で物納適格を否定するのは自己矛盾である。本件物納申請を却下するのであれば、その評価額を見直すべきである。
4 被告尼崎税務署長の反論
(一) 原告らの主張(一)について
相続税法においては、「株式」と有限会社の「出資」とは区別されて用語が用いられているから、有限会社の出資は、相続税法四一条二項三号の「株式」には当たらない。
また、有限会社の出資については、証券化が認められていないから、譲渡性について、証券化が要求されている株式と同視することはできない。
(二) 原告らの主張(二)について
相続税法四一条二項三号かっこ書きにいう「出資証券」は、特別の法律により法人の発行するもの、例えば日本銀行法による日本銀行出資証券等をいい、証券化が認められない有限会社の出資は、これに当たらない。
(三) 原告らの主張(三)について
物納財産変更要求は、物納申請に係る財産が「物納に充てることができる財産」に当たるが、管理・処分に適当でない場合を前提とするものであるところ、本件物納申請に係る財産たる本件出資は、そもそも「物納に充てることができる財産」に当たらない。
また、組織変更を命じたり、特定の財産を物納財産とするように要求することは、物納財産変更要求の範囲を逸脱している。
(四) 原告らの主張(四)について
物納が許可されるためには、財産に経済的価値が認められるのみでは足らず、換価処分性が認められることを要する。
四 裁決の適法性に関する争点
1 争点
本件裁決に裁決固有の瑕疵があるか否かが争点である。
2 被告国税不服審判所長の主張
原告らが本件裁決の取消事由として主張する内容は、本件裁決によって維持された本件更正及び本件賦課決定自体の実体的な適法性の問題に帰着するから、本件裁決には、裁決固有の瑕疵はない。
3 原告らの主張
本件裁決は、評価差額に対する法人税額等の控除を定めた評価通達一八六―二項の趣旨につき、「将来法人を清算した際に評価差額に対して清算所得として課される法人税額等を予め控除しておくことにより、評価の均衡を図った」ものと述べた上、本件更正の際には原告ら及び被告尼崎税務署長の当事者双方が主張していなかった「課税の機会」なる理由を突然持ち出して結論を導いたものである。法人税額等相当額の控除は、実際に課税の機会があるかどうかとは関係なく定められた「評価上の斟酌」であって、「課税の機会」という考え方が入り込む余地は全くないのであるから、課税の機会を問題にする右判断は右評価通達の趣旨を明らかに誤って解釈したものであって、これを理由に前記評価通達の適用を排斥した裁決には明白な違法があるところ、被告国税不服審判所長は、原告らに反論する機会を与えないまま、原処分庁(被告尼崎税務署長)の主張とは異なる独自の判断を裁決において示したもので、この点において本件裁決の手続には違法があるものというべきであり、右の違法は裁決固有の瑕疵に当たる。
4 被告国税不服審判所長の反論
評価通達一八六―二項の趣旨の問題は、本件更正及び本件賦課決定自体の実体的な適法性の問題に帰着するのであり、本件裁決において「課税の機会」について言及しているのは、評価通達一八六―二項の趣旨をより具体化したものにすぎないから、右言及を理由に裁決固有の瑕疵があるということはできない。また、被告国税不服審判所長は、法令や通達の解釈については当事者の主張に拘束されるものではないから、あらかじめどのような解釈を採るかについて当事者に示して反論の機会を与えなければならないものではない。
なお、評価通達一八六―二項の趣旨に関する本件裁決の説示は、正当である。
第三争点に対する判断
一 本件農地の価額
1 <証拠略>によれば、相続税財産評価に関する基本通達(平成三年一二月一八日改正前のもの。「評価通達」又は「平成三年改正前評価通達」。)三六―四項(2)において、市街化区域(都市計画法七条二項に規定する「市街化区域」をいう。)内にある農地のうち、農地法四条一項五号又は五条一項三号の規定により、都道府県知事に転用の届出のあったものは、市街地農地に該当するものとされ、その評価については、評価通達四〇項の定めるところによるものとされていることが認められ、また、本件農地は市街化区域内に存するものであること、西村武治は、平成三年六月五日、尼崎市農業委員会に対し、本件農地につき本件転用届出をしたこと、尼崎市農業委員会は、同月二〇日、本件転用届出につき受理決定をしたこと、西村武治は、同日午後七時〇一分に死亡したことは、いずれも当事者間に争いがない。
右認定の事実によれば、本件転用届出は、平成三年六月二〇日に尼崎市農業委員会に受理されたことにより、右届出がされた同月五日に遡ってその効力を生ずることになるから、本件農地は、西村武治についての相続が開始した同月二〇日の時点においては、評価通達にいう市街地農地に該当していたことになる。そうすると、相続財産の評価は、相続開始時における時価によるものであるから(相続税法二二条)、評価通達に従えば、本件農地は市街地農地として評価すべきことになる。
2 原告西村久夫は、相続税法二二条の趣旨からして、市街地農地に当たるか否かは、転用届出の有無だけでなく、現実の利用状況にも着目して判断すべきであり、平成五年一二月に至るまで農地としての利用形態に変化のなかった本件農地を市街地農地として評価するのは違法である旨主張する。
ところで、相続により取得した財産の価額は、特別の定があるものを除き、当該財産の取得のときにおける時価により評価されるが(相続税法二二条)、右「時価」とは、相続開始時における当該財産の客観的な交換価値、すなわち、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間において自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価格をいうと解すべきである。もっとも、全ての財産の客観的な交換価値が必ずしも一義的に確定されるものではないから、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減という見地に立って、合理性を有する評価方法により画一的に相続財産を評価することも、当該評価による価額が相続税法二二条に規定する時価を超えない限り適法なものということができる。その反面、いったん画一的に適用すべき評価方法を定めた場合には、納税者間の公平及び納税者の信頼保護の見地から、評価通達によらないことが正当として是認され得るような特別な事情がある場合を除き、評価通達に基づき評価することが相当である。
そして、評価通達が、農地の現況によってではなく、転用届出があったか否かという法律的側面に着目して市街地農地に当たるか否かを区別していることは、その文言に照らして明らかであるところ、市街化区域内にある農地の時価を算定するに当たり、農地の現況にかかわらず、転用届出のない農地の価額を転用届出のあった農地の価額の一〇〇分の八〇と評価すること(評価通達三九項、四〇項)が特段不合理であるとはいい難いから、市街地農地に当たるか否かに関する評価通達の定めが、相続税法二二条の趣旨に反するものであるということはできない。
よって、現実の利用状況をも考慮すべき旨を述べる原告西村久夫の前記主張は採用することができない。
3 原告西村久夫が本件相続開始後の平成三年七月一二日、尼崎市農業委員会に対し、本件転用届出の取下げをしたことは当事者間に争いがないところ、同原告は、本件転用届出について尼崎市農業委員会の受理決定がされたのは本件相続開始の日であること、本件転用届出の取下げは尼崎市農業委員会の要請に基づくものであること、右取下げは本件相続開始の日から極めて近接した日にされていることなどの事情を考慮し、本件転用届出の受理決定は右取下げにより遡及的に効力を失ったものであると主張する。そして、右の点に関して、原告西村久夫本人は、尼崎市農業委員会から本件転用届出を取り下げるように指示された旨供述し、<証拠略>(同原告の陳述書)にも同趣旨の記載がある。
しかしながら、農地の転用届出後に届出人が死亡したことが判明したからといって、いったん受理決定をしたことによりすでに届出のなされた日に遡ってその効力が生じた転用届出を取り下げさせる必要が尼崎市農業委員会の側にあったとは認め難く、<証拠略>(尼崎市農業委員会事務局長からの聴取書)の記載内容(西村武治の家族から、同人が死亡したため受理決定通知を保留してほしいとの要請があったものであり、農業委員会から本件転用届出の取下げを指示したことはない旨が記載されている。)にも照らすと、尼崎市農業委員会から本件転用届出の取下げを指示された旨の原告西村久夫本人の右供述及び<証拠略>の右記載はたやすく信用することができず、また、転用届出の受理決定があった後に右届出の取下げがあったからといって、右届出及び受理決定の効力が遡及的に消滅すると解すべき根拠もない。よって、本件転用届出の取下げがあったことをもって、右届出が遡及的に効力を失い、本件農地が本件相続開始時には市街地農地ではなかったことの根拠とすることはできないから、原告西村久夫の前記主張は失当である。
4 また、原告西村久夫は、本件農地について本件転用届出がされていることのみを理由に市街地農地に当たるとして評価することは、評価通達六項に定める「著しく不適当」と認められる財産の評価であるから、評価通達六項を適用した上で本件農地を市街地周辺農地として評価すべきであると主張するけれども、同原告の主張内容を考慮しても、本件農地を市街地農地として評価することが著しく不適当であるとまで認めることはできず、右主張も採用することができない。
5 以上のとおりであるから、本件更正は、本件農地を市街地農地として評価した点において違法はない。
二 本件宅地等に対する相続税法六四条一項の適用
1 原告西村久夫(西村武治の子)らが平成三年六月一四日、西晃産業を設立したこと、西晃産業の設立当時の資本金は、出資口数一口当たり五万円として合計六〇口の三〇〇万円であり、出資者としては、原告西村久夫が四〇口(持分二〇〇万円)を出資し、西村晃(原告西村久夫の婿養子)が二〇口(持分一〇〇万円)を出資したこと、西村武治(当時八三歳)は同日、西晃産業との間で、その所有にかかる本件宅地等を目的とする本件地上権設定契約を締結したことは、いずれも当事者間に争いがない。
また、<証拠略>によれば、西晃産業は、本店所在地を兵庫県尼崎市武庫之荘本町一丁目一三番二八号とし、駐車場経営及び不動産賃貸業等を営業目的として設立され、その役員としては代表取締役に原告西村久夫が、取締役に原告西村薫、西村房子及び西村晃がそれぞれ就任したこと、西晃産業は、平成三年六月三〇日、有限会社出石エステートに対して、本件宅地等に自走式二階建駐車場を設置する内容の工事を発注し、本件宅地等において駐車場経営を始めたこと、西晃産業の経営状態をみると、平成四年八月期(平成三年九月一日から平成四年八月三一日までの事業年度)については、売上総利益が一六七五万七二九〇円(そのうち駐車場収入が一六二九万六二九〇円)、営業費用が三九五三万七〇九八円(そのうち支払地代が三六八四万円)、平成五年八月期(平成四年九月一日から平成五年八月三一日までの事業年度)については、売上総利益が一三二二万八一五六円(そのうち駐車場収入が一三〇八万四一五六円)、営業費用が三七七九万三〇八九円(そのうち支払地代が三六八四万円)、平成六年八月期(平成五年九月一日から平成六年八月三一日までの事業年度)については、売上総利益が一三一三万九八五〇円(そのうち駐車場収入が七七八万五八五〇円)、営業費用が三九六七万四八九〇円(そのうち支払地代が三六八二万一二九〇円)となっており、各期とも、本件地上権に係る地代の支払のため大幅な営業損失を生じていたこと、以上の事実が認められる。
2 相続税法六四条一項は、同族会社の行為又は計算で、これを容認した場合においてはその株主若しくは社員又はその親族等(以下「株主等」という。)の相続税又は贈与税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがある場合においては、税務署長は、相続税又は贈与税についての更正等に際し、その行為又は計算にかかわらず、その認めるところにより、課税価格を計算することができると規定しているところ、右規定によれば、同族会社を一方当事者とする取引が、経済的な観点からみて、通常の経済人であれば採らないであろうと考えられるような不自然、不合理なものであり、そのような取引の結果、当該同族会社の株主等の相続税又は贈与税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがある場合には、税務署長は、当該取引行為又はその計算を否認し、通常の経済人であれば採ったであろうと認められる行為又は計算に基づいて相続税又は贈与税を課すことができるものと解するのが相当である。
これを本件についてみると、法人税法二条一〇号、一四号によれば、有限会社の社員の三人以下でその会社の総出資金額の一〇〇分の五〇以上の出資金額を保有する場合は同族会社であるとされているから、西晃産業が同族会社に当たることは既に認定したところから明らかであり、西村武治と西晃産業は、西村武治の所有にかかる本件宅地等について地代を年額三六八四万円、存続期間を六〇年とする本件地上権の設定契約を締結したものであるところ、駐車場経営という利用目的に照らすと、本件宅地等の使用権原を賃借権ではなく、極めて強固な利用権である地上権が設定されたことは極めて不自然であることや、本件地上権の内容も、営業収益と比較して余りにも高額に設定された地代の支払のために西晃産業が大幅な営業損失を生じている点及び西村武治の年齢を考えると、経済合理性をまったく無視したものであるといわざるを得ないことに徴するならば、本件地上権設定契約は、通常の経済人であれば到底採らないであろうと考えられるような不自然、不合理な取引であるということができ、また、評価通達二五項、八六項及び相続税法二三条の規定によれば、本件地上権の存在を前提とした場合、本件宅地等は、自用地の価額からその九〇パーセント相当額を控除したものとして評価されることになるため、原告らの相続税の負担を大幅に減少させる結果となることが明らかである。
よって、尼崎税務署長は、原告らの相続税についての更正に際し、相続税法六四条一項を適用して、西晃産業が西村武治との間で締結した本件地上権設定行為を否認することができるというべきである。
3 原告西村久夫は、本件地上権の設定は同族会社の行為であるがゆえに相続税の軽減が生ずるというものではなく、これに代わる通常の行為なるものを観念することもできないから、右設定行為に相続税法六四条一項を適用することは許されない旨主張する。
しかしながら、前記2で認定説示したとおり、駐車場経営という利用目的や本件地上権の内容に照らすと、本件地上権の設定は、通常の経済人の取引行為としては不自然、不合理なものであって、西晃産業の株主等の相続税の負担を軽減することを目的として行われたものであるといわざるを得ないのであり、また、このように不自然、不合理な本件地上権設定契約の締結は、西晃産業が同族会社であったからこそ可能であったと考えられるから、西晃産業と西村武治間の本件地上権の設定につき相続税法六四条一項の規定を適用することに何ら妨げはないものというべきである。
4 また、原告西村久夫は、同族会社にとっての採算性は相続税法六四条一項の規定を適用する根拠とならず、法人税法において正常な取引条件と認められている法人税法施行令一三七条の「相当な地代」を設定した西晃産業と西村武治の行為を相続税法において否認することも不合理であると主張する。
しかしながら、まず、同族会社にとっての採算性も、通常の経済人の取引行為として不自然、不合理なものであるかどうかという相続税法六四条一項の規定の適用の有無を判断する際のひとつの資料になることは明らかである。次に、法人税法施行令一三七条が「相当の地代を収受しているときは、当該土地の使用に係る取引は正常な取引条件でされたものとして取り扱う。」と定めるのは(同条は、法人がその所有する土地を他人に使用させる場合を規定するものであるが、本件のように、法人が他人の土地につき借地権の設定を受けて使用する場合においても同様の扱いがなされると解される。)法人税を課税するに当たって権利金の認定課税(法人が他人の土地に借地権の設定を受ける場合において、権利金を収受する取引慣行があるにもかかわらず、権利金を支払わないときは、土地所有者から権利金相当額の贈与を受けたものとして課税される取扱いを指す。)を要するか否かに関し、権利金の授受に代わるものと評価することができるだけの高額の地代を意味する「相当の地代」を支払っていれば法人税について権利金の認定課税を行わないことを意味するにとどまり、当該土地の使用がいかなる法律関係においても正常な取引条件でされたものとして取り扱うことまで意味するものではないから、原告西村久夫の右主張は失当である。
5 また、原告西村久夫は、西晃産業は長期的にみれば採算をとることが可能であったから、本件地上権の設定は不合理なものではないとも主張するけれども、先に認定したとおり、西晃産業は、本件地上権の設定を受けた後、地代の支払が主な原因となって、三事業年度にわたり大幅な営業損失を生じていたのであり、およそ正常な経済行為とはいい難いから、右主張も採用の限りではない。
6 さらに、相続税法六四条一項が適用される場合、税務署長は、同族会社の行為に基づいて生じた事実をなかりしものとして、経済的に行動したとすれば通常とったであろうと認められる行為に従って課税価格を計算することができるところ、本件においては、通常の経済人であれば地上権ではなく賃借権を設定したであろうと考えられるのであるから、本件宅地等に賃借権が設定されている状態を想定した上で、権利金の収受はないが、相当の地代が支払われていることから、借地権割合はほとんど存在しないものとして、相当地代通達六項(1)に準じ、更地価格に八〇パーセントを乗じて課税価格を計算した。ところで、平成三年改正前評価通達八七項は、雑種地(本件宅地等は一筆のみが宅地で、その余は全て雑種地である。)にかかる賃借権の価額については、その賃貸借契約の内容、利用の状況等を勘案して評定した価額によって評価すると規定しているところ、借地権が設定され、かつ、相当の地代が支払われている土地について、自用地(更地)としての価格の八〇パーセントに相当する金額によって評価すると定めている相当地代通達六項(1)は、土地所有者が高額の地代を収受することによって当該土地の資本的活用を十分図ることができる場合(すなわち、地代の資本的還元額が当該土地の自用地としての価額と等しくなるような場合)においては、借地権としての経済的価値はほとんど認識されず、当該土地の低地価額は自用地としての価額とほぼ同額に評価されるべきであるとの理由に基づくものである。そして、かかる趣旨は、借地法の適用のある借地権についてのみならず、本件宅地等のように借地法の適用のない借地権についても妥当する上、一般に借地法の適用のある借地権の方が借地権の適用のない借地権に比して権利保護の程度が弱いことをも併せ考慮すると、被告尼崎税務署長が、本件宅地等を相当地代通達六項(1)に準じて、自用地としての価額の八〇パーセントに相当する金額によって評価したことには合理性があるというべきである。
7 以上のとおりであって、被告尼崎税務署長が本件宅地等について本件地上権の設定行為を否認した上、更地価額の八〇パーセント相当額と評価したことに違法な点はないというべきである。
三 本件出資の価額
1 相続税法二二条によれば、相続財産の価額は、当該財産の取得の時における時価によるものとされているところ、課税実務上は、納税者間の公平、納税申告の際の便宜等を図る目的のもとに、同条に基づく財産評価の一般的基準として評価通達が定められており、これに基づく画一的な評価が行われている。もっとも、個々の財産の評価に当たり、画一的に評価通達を適用することが時価の算定方式として適当でなく、その結果として納税者間の実質的な税負担の公平を著しく損なうと認められるときは、評価通達の規定によらずに、当該事案に照らして合理的と認められる方式により相続財産の時価を算定することが相当というべきである。そこで、このような場合を想定して、評価通達六項は、この通達によって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価すると定めている。
2 そこで、本件において、西村武治が本件出資を取得するに至った経過等についてみると、前記第二の二4(一)の事実のほか、<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
(一) 西村武治及び原告西村久夫らは、平成三年三月二七日、本店所在地を兵庫県尼崎市武庫之荘本町一丁目一五番三号とし、有価証券の保有・運用・投資、不動産賃貸業等を事業目的とするニシタケを設立したが、その際、ニシタケの資本総額を五〇〇〇万円としてこれを五万口に分け、出資口数一口の金額を一〇〇〇円とした。そして、出資口数一口の引受金額を一〇万円とし、出資口数一口につき一〇〇〇円を越える引受金額九万九〇〇〇円を資本準備金としたことから、引受金額合計五〇億円のうち、資本金が五〇〇〇万円となり、残りの四九億五〇〇〇万円が資本準備金に組み入れられることになった。そして、右総出資口数のうち、西村武治の出資口数が四万九九〇〇口(払込金額は四九億九〇〇〇万円)、原告西村久夫の出資口数が五〇口(払込金額は五〇〇万円)、西村房子の出資口数が五〇口(払込金額は五〇〇万円)であった。
ニシタケの代表取締役には西村武治が就任し、取締役には原告西村久夫及び西村房子が就任した。
(二) 西村武治及び原告西村久夫らは、同年四月二二日、本店所在地を兵庫県尼崎市武庫之荘本町一丁目一三番二八号とし、有価証券の保有・運用・投資、不動産賃貸業等を事業目的とする西久産業を設立し、その際、西久産業の資本総額を四九九五万円としてこれを四万九九五〇口に分け、出資口数一口の金額を一〇〇〇円とした。そして、右設立に当たり、西村武治は、その所有するニシタケの出資口数四万九九〇〇口を西久産業に現物出資することにより西久産業の出資口数四万九九〇〇口を取得し、西村房子は、その所有するニシタケの出資口数五〇口を現物出資することにより西久産業の出資口数五〇口を取得した。
西久産業の代表取締役には原告西村久夫が就任し、取締役には西村武治、西村房子、原告西村薫及び西村晃が就任した。
(三) ニシタケは、同月二三日、資本を四〇〇万円増加して資本総額を五四〇〇万円としたが、これに伴い、出資口数が四〇〇〇口(一口当たり一〇〇〇円)増加され、出資口数一口の引受の金額が一〇万円とされて、出資口数一口につき一〇〇〇円を越える引受金九万九〇〇〇円は資本準備金とされた。そして、右増資に当たり、西村武治はニシタケの出資口数三九九二口(払込金額は三億九九二〇万円)を、原告西村久夫はニシタケの出資口数四口(払込金額は四〇万円)を、西村房子はニシタケの出資口数四口(払込金額は四〇万円)をそれぞれ取得した。
(四) 西久産業は、同月二六日、資本を三九九万六〇〇〇円増加して資本総額を五三九四万六〇〇〇円としたが、これに伴い出資口数が三九九六口(一口当たり一〇〇〇円)増加された。そして、右増資に当たり、西村武治は、先に引き受けたニシタケの出資口数三九九二口を西久産業に現物出資することにより西久産業の出資口数三九九二口を取得し、西村房子は、先に引き受けたニシタケの出資口数四口を西久産業に現物出資することにより西久産業の出資口数四口を取得した。
(五) 西村武治は、同年五月一〇日、原告西村久夫からニシタケの出資口数五四口を五四〇万円で、西村房子から西久産業の出資口数五四口を五四〇万円でそれぞれ譲り受けた。
(六) ニシタケは、同月一七日、資本を五〇〇万円増加して資本総額を五九〇〇万円としたが、これに伴い出資口数が五〇〇〇口(一口当たり一〇〇〇円)増加され、出資口数一口の引受の金額が三六万円とされて、出資口数一口につき一〇〇〇円を越える三五万九〇〇〇円は資本準備金とされた。そして、右増資に当たり、西村武治は、ニシタケの出資口数五〇〇〇口(払込金額一八億円)を取得した。
(七) 西久産業は、同月一八日、資本を五〇〇万円増加して資本総額を五八九四万六〇〇〇円としたが、これに伴い出資口数が五〇〇〇口(一口当たり一〇〇〇円)増加された。そして、右増資に当たり、西村武治は、先に引き受けたニシタケの出資口数五〇〇〇口を西久産業に現物出資することにより、西久産業の出資口数五〇〇〇口を取得した。以上の結果、西村武治は、西久産業の出資口数合計五万八九四六口(本件出資)を所有することとなった。
(八) 以上の出資及び増資に関し、西村武治は、オリックス株式会社から九億三〇〇〇万円、ダイヤモンド抵当証券株式会社から二一億九〇〇〇万円、シティバンク、エヌ・エイから三四億円、三菱銀行から八億九七〇〇万円の合計七四億一七〇〇万円を借り入れた上、これらをニシタケに対する出資の払込金等に充てた。
(九) 西村武治は、同年六月二〇日に死亡し、同人の西久産業に対する本件出資のうち五万五四四六口を原告西村久夫が、三五〇〇口を原告西村薫がそれぞれ相続した。
(一〇) ニシタケは、平成四年八月二七日、西久産業を吸収合併し、右合併後の商号を「有限会社西久産業」に変更することとした。右合併に伴い、ニシタケは、西久産業から取得することになるニシタケの出資口数五万八九四六口を消却し、資本金五八九四万六〇〇〇円の減資を行った。
3 右に認定した事実、とりわけ、ニシタケと西久産業とは同じ時期に設立されていて、その事業内容及び役員の多くを共通にしていること、右設立時期は高齢の西村武治の死亡直前であったこと、ニシタケの出資及び増資は、その資金のほとんどが西村武治の金融機関からの借入金によって賄われたこと、西久産業の出資及び増資は、すべてニシタケに対する出資持分を現物出資したものであり、しかも、その現物出資の受入金額は、ニシタケの出資及び増資における払込金額をはるかに下回っていることなどの諸事情に照らせば、ニシタケ及び西久産業の設立並びにこれらに対する出資及び増資等は、すべて、評価通達一八五項及び一八六―二項に定める法人税額等相当額の控除を利用することにより、西村武治の相続に係る相続財産の価額を圧縮し、これにより相続税の負担を軽減することを意図して、当初から計画的に実行されたものであることが明らかである。
ところで、評価通達一八五項及び一八六―二項が評価差額(純資産価額から帳簿価額を控除した残額。いわゆる含み益)に対する法人税額等相当額を控除することとしている趣旨は、以下に述べるとおりである。すなわち、個人事業の相続の場合には、事業用財産は被相続人たる事業主個人名義であるから、相続人は相続によって直接に事業用財産を取得することができ、事業用財産の評価差額(含み益)については、相続の時点において相続財産の評価に含められ、相続税の課税を受けることとなるものの、課税を受ける機会はその一度だけである。これに対し、法人事業の相続の場合には、事業用財産は法人名義であり、相続人は相続によって法人の持分を取得するにすぎず、事業用財産に対する支配は間接的なものであるから、もし相続人が事業用財産を取得して自己名義に変更しようとすれば、いったん相続によって法人の持分を取得した後に、法人を解散して残余財産の分配を受けるという手順を踏む必要があるところ、かかる場合、事業用財産の評価差額については、相続の時点において相続財産の評価に含められ、相続税の課税を受けることとなる上に、法人解散の時点においても清算所得に含められ、これに対する法人税、事業税、道府県民税及び市町村税(以下これらを「法人税等」という。)の課税を受けることとなり、課税を受ける機会が二回あることになる。このように、株式等を所有することを通じて法人の資産を間接的に所有している場合と、個人事業主が事業用資産を直接所有している場合とでは、その所有形態が異なることから、将来法人を清算した場合において評価差額に対して清算所得として課される法人税額等を相続税評価額から控除することにより、両者の事業用資産の所有形態を経済的に同一の条件のもとに置き換えた上で相続財産の評価における両者の均衡を図ろうとしたものと解することができる。
右のような評価通達の趣旨に照らすと、本件のように、法人税額等相当額の控除を利用することにより相続財産の価額を圧縮し、もって相続税の負担を軽減することを意図して当初から計画的に実行された場合にまで、評価通達一八五項及び一八六―二項を適用することは相当でないというべきである。そして、このような場合、評価通達六項の定めにより、評価通達一八五項、一八六―二項を適用することなく、法人税額等相当額を控除しないで本件出資を評価するのが相当である。
4 原告らは、評価通達六項の適用を検討するに際しては、租税回避又は軽減の目的といった主観的要素を考慮することは許されない旨主張する。しかしながら、評価通達の個々の定めを適用すべきか否かを判断するに際しては、これらの定めの趣旨を考慮するとともに、その趣旨に適合するか否かという見地から、取引行為等における経済的合理性や租税回避目的の有無といった当事者の主観的要素をも総合勘案して判断せざるを得ないといわざるを得ず、かかる主観的要素を考慮することは許されるものと解するのが相当である。したがって、原告らの右主張は採用することができない。
また、原告らは、評価通達一八六―二項は評価上の斟酌規定であって、含み益が人為的に創出されたものであるか否かを問わず常に適用されるべきである旨主張する。しかしながら、平成二年改正後の評価通達一八六―二項は、右改正前の規定のもとで、順次子会社を設立して現物出資を繰り返すことにより累積的に法人税額等相当額の控除を受け、もって株式の評価額を限りなく減少させることが可能であったことにかんがみ、このような人為的な租税負担軽減の手法を封じるため、二回以上の法人税額等相当額の控除を否定する趣旨に出たものと解されるのであって、同項の規定は、法人税額等相当額の控除を一回に限って常に容認ないし保障したものではないというべきである。よって、原告らの右主張も採用することができない。
更に、原告らは、国税庁長官の指示は平成五年一〇月に出されたものであるから、本件出資の評価について適用がない旨を主張するけれども、右の指示との適合性は行政庁内部における処理の問題であるにすぎず、右の指示の有無やその内容如何は被告尼崎税務署長による本件更正の適法性を左右するものではないというべきであるから、右主張も失当である。
5 そうすると、法人税額等相当額を控除することなく本件出資を評価した点において、本件更正には違法な点はないものということができる。
四 過少申告についての正当な理由の有無
1 以上に説示したところのほか、後記五によれば、本件申告が過少申告であることは明らかである。
2 本件賦課決定の適法性に関し、原告らは、本件申告については、国税通則法六五条四項所定の正当な理由がある旨主張する。
しかしながら、原告らが右の正当な理由があると主張する根拠のうち、法人税額等相当額の控除の点については、平成二年改正後の評価通達一八六―二項の趣旨が、右改正前の規定のもとでは、順次子会社を設立して現物出資を繰り返すことにより累積的に法人税額等相当額の控除を受け、もって株式の評価額を限りなく減少させることが可能であったことにかんがみ、このような人為的な租税負担軽減の手法を封じるため、二回以上の法人税額等相当額の控除を否定した点にあるのであって、同項の規定が法人税額等相当額の控除を一回に限って常に容認ないし保障したものでないことは、前記三において説示したとおりであるから、原告らが右規定の趣旨を独自に解釈した結果、法人税額等相当額の控除が一回に限って常に認められるものと判断したからといって、右のような判断に基づく過少申告につき、国税通則法六五条四項所定の正当な理由があるということはできない。また、課税庁から相続税法六四条一項や評価通達六項を根拠として更正を受けたからといって、これらの規定が適用される要件が備わっている限り、そのことが右の正当な理由の根拠となるものでもない。
3 よって、国税通則法六五条四項所定の正当な理由がある旨の原告らの主張は失当である。
五 本件更正及び本件賦課決定の適法性
前記一ないし三で説示したとおり、これらの諸点についての本件更正の判断は適法であり、右の諸点を除くその余の点については、原告らにおいて明らかに争わないところである。したがって、本件相続に関する原告らの課税価格及び相続税額は別表2ないし10<略>のとおりとなるから、これらの金額の範囲内でされた本件更正は適法である。また、本件更正に伴う過少申告加算税の金額については別表11<略>のとおりとなり、これらの金額の範囲内でされた本件賦課決定も適法である。
六 本件物納申請に対する却下決定の適法性
1 相続税法四一条一項は、納税義務者について相続税額を延納によっても金銭で納付することを困難とする事由がある場合には、税務署長の許可のもとに物納を認めているが、右の規定は、租税は金銭によって納付すべきものであるとの原則(国税通則法三四条一項参照)に対する例外を定めたものである。
そして、相続税法四一条二項は、物納に充てることができる財産を列挙しているところ、物納が金銭納付の原則に対する例外的な措置であることや、租税の公共的性格とその重要性及び租税負担の公平等の観点に照らせば、同項の規定は物納に充てることのできる財産を限定する趣旨のものであると解するのが相当であり、同項に列挙されていない財産について安易に類推を認めることはできないというべきである。
本件物納申請は、本件出資を物納にあてるべき財産とする内容のものであるが、同項によれば、有限会社に対する出資は物納に充てることができる財産として認められていないから、右申請は認められないものといわざるを得ない。
2 この点に関し、原告らは、有限会社についての出資と物納に充てることが認められている株式(同項三号)とで取扱いを異にすべき合理的な理由はないと主張する。しかしながら、相続税法が有限会社に対する出資を含まない趣旨で株式のみを物納に充てる財産として規定していることは、同法一〇条一項六号等の規定から明らかであること、株式と有限会社に対する出資とでは、証券発行の有無(商法二二六条一項、有限会社法二一条)の点で重要な相違があることに照らすと、原告らの右主張は解釈論の域を超えたものといわざるを得ない。
また、原告らは、有限会社に対する出資は、相続税法四一条二項三号かっこ書にいう「出資証券」に当たると主張するけれども、右にいう「出資証券」が有限会社に対する出資を含まないことは、右かっこ書き内の文言が「特別の法律により法人の発行する債券及び出資証券」とあることからも明らかである。
更に、原告らは、本件出資を物納に充てることができる財産に当たらないと考えるのであれば、被告尼崎税務署長において西久産業を株式会社に組織変更させた上で株式の物納を認めるべきであった、あるいは、同被告が本件更正においては本件出資の財産的価値を認めていながら、物納適格を否定するのは自己矛盾であるとも主張する。しかしながら、被告尼崎税務署長に西久産業の株式会社への組織変更を命ずる権限と義務があるとは到底解することができず、有限会社に対する出資が相続税法上物納に充てることができる財産として認められていない以上、被告尼崎税務署長が本件出資の財産的価値を認めて本件更正をしたことと、本件出資の物納を認めなかったこととの間に矛盾があるということもできない。
3 以上のとおりであるから、本件出資の物納に関する原告らの主張は失当であり、本件物納申請を却下した被告尼崎税務署長の処分は適法である。
七 本件裁決の適法性
原告らは、被告国税不服審判所長が、原告らに反論の機会を与えないまま、本件裁決において原処分庁である被告尼崎税務署長の主張とは異なる判断を示したことを理由として、本件裁決には固有の瑕疵があると主張する。しかしながら、評価通達の解釈、適用の問題は法律判断の領域に属する問題であり、この点につき、仮に裁決庁である被告国税不服審判所長が当事者である被告尼崎税務署長及び原告らに主張、反論の機会を与えなかったとしても、そのことをもって本件裁決が違法であるということはできないし、また、原告らが評価通達一八六―二項について主張する内容は、本件更正が違法であるにもかかわらず本件裁決が誤った理由によりこれを適法であると判断したというものにすぎないから、結局のところ、原処分である本件更正の適法性の問題に帰着するものというべきである。
よって、いずれにしても、本件裁決に固有の瑕疵があると認めることはできない。
(裁判官 三浦潤 徳地淳 石井寛明)
物件目録<略>
別表一ないし一一<略>